ポッドキャストで人生配信「オンリーワン」

あなたのステキを引き出します

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#132 「あなたは、何のために生きたいの?」ーー鎧を脱いだ河原説子さんが「共創」にたどり着くまでの人生物語④

 

こんにちは!

「あなたは、何のために生きたいの?」ーー
鎧を脱いだ河原説子さんが
「共創」にたどり着くまでの人生物語④を配信しました。

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河原説子さん

1.「教えてあげる」が招いた黒歴史。

プロフェッショナルファームの間接部門会社で
複数社のリーダーとの対話を通して、
組織の変革を実現してきた説子さん。

でも、いざ自分自身の部門を率いる立場になったとき——
そこには誰も知らない"黒歴史"がありました。

「自分は経験している、
知っている。
みんな知らない。
だから教えてあげる」

そんな思考が、抜けなかった。

部下ができないと「なんでできないの」と問い詰め、
自分が納得したものでないと外に出せない。

だから全部チェックする。
会議に呼ばれても時間がないからと、
途中で「これとこれとこれ、やっといて」と
一方的に切り上げる。

「今思うと、本当に恥ずかしい黒歴史だと思います」

そう笑いながら振り返る姿が、
印象的でした。

2.誰もついてこない。相談相手もいない。
心が折れかけた夜

変革を起こそうと
必死になればなるほど、
周囲の理解は追いつかない。

自分では「大変な状況だ」と思っていても、
それは誰にも伝わらない
孤独な戦いでした。

「ハートが折れそうになる、、、」

そう漏らすほど
追い詰められていたとき、
支えになったのが
エグゼクティブコーチの存在でした。

対話をする中で、
折れかけていた心が少しずつ
「正常に戻る」感覚があったといいます。

けれど結局、説子さんは
その会社を去ることを選びます。

3.コーチングスクールで
「内面をえぐられる」経験

自分の得意分野とは少し違う部署に
異動したことをきっかけに、
時間ができた説子さん。

定年後を見据えて
対話やコーチングを学ぶ学校に通い始めます。

そこで待っていたのは、
想像以上の体験でした。

「どんどんどんどん
内面をえぐられるんですよ」

鎧をまとい、
自分の失敗を語りたくない。

うまくいかなかった過去になど触れたくない——
それでも問われ続けます。

「あなたは何がしたいんですか?」
「何のために人生をやりたいんですか?」

そのたびに、
鎧が一枚ずつ剥がされていく
感覚があったそうです。

そして、ある問いが人生を変えました。

「今やめたら、何か問題がありますか?」

定年まで勤め上げようと思っていたはずなのに、
その一言で退職を決意します。

4.「疲れたおばさんのよう」

当時の自分を、説子さんはこう表現します。

鎧をかぶって、
自分らしさを失い、
笑うことも減っていた。

表情はいつも険しく、
実家に帰れば母親から
「病気なんじゃないの、大丈夫?」と
心配されるほどだったと言います。

それでも
「エグゼクティブコーチのおかげで大丈夫でした」と、
今は笑って話せる。

この変化にこそ、
コーチングという営みの
本質があるのかもしれません。

5.独立後、1年間仕事がなかった現実

資格を取得したころに
退職し、
個人事業主としてスタートした説子さん。

「すぐにお客様がつく」——
そんな夢を描いていたものの、
現実はまったく違いました。

3ヶ月ほどは
「サラリーマン時代との感覚の違い」に
戸惑い続けます。

大きな会社の名刺を持っている
安心感がない。

全部自分でやらなければならない重み。
もんもんとする日々。

そして、
ほぼ1年間、
仕事がない時期が続いたといいます。

6.小さな達成でガントチャートを塗りつぶす

大きな契約や
理想を追い求めるほど、
結果が出ない現実とのギャップが
「自己否定」につながっていく——

そのことに気づいた説子さんは、
発想を変えます。

大きな目標ではなく、
小さな達成でも喜べるように
ガントチャートを組み直したのです。

小さくても前に進む実感が、
少しずつ稼働力を生み出していきました。

5ヶ月目あたりから、
状況は少しずつ変わり始めます。

7.たどり着いた答えは「パーパス」だった

こうした経験のすべてを経て、
説子さんが本を書き、
いま一番伝えたいこと。

それは「パーパス」でした。

ミッション・ビジョン・バリューという言葉が
当たり前になった今、
説子さんはパーパスをこう定義します。

ミッションの中でも、
とりわけ「社会に対する存在価値」を指すもの

かつては「自分が何をしたいか」だけで
完結できた時代もありました。

しかし社会課題が可視化された今、
「社会のために何をしたいか」を
持たない組織や個人は、
共存共栄できない時代になってきている——

それが、説子さんの実感です。

そして、パーパスを持つことで起きる変化は2つ。

  • 共感者が自然と集まってくる

  • コンフリクト(対立)が起きても、
    同じ目指す姿を共有していれば
    対話ができる

支配的なリーダーシップで心を折りかけ、
独立で1年間の停滞を経験し、
それでもなお前に進み続けた
説子さんが最後にたどり着いたのは、

「何をするか」ではなく
「何のために存在するか」という、

シンプルで力強い問いでした。

8.品質管理、製造、開発、営業が、
なぜいつも揉めるのか

製造業でよくある光景だと
説子さんは言います。

品質管理、製造、開発、営業——
それぞれの部署が
「こっちが悪い」
「あっちが悪い」と
達成できない理由を自分以外に求める。

原因は、
それぞれが「自分の部署の目的」という
レベルで話しているからだといいます。

けれど、もし
「私たちの会社は
社会のために
こういう目標を持っている」という

一段高い視点で
語られたらどうなるか。

「社会のためにって言うと、
コンフリクトしてられないんですよね」

もっと高い次元で話す。

それだけで、
対立は成立しなくなる——

シンプルだけれど、
実践するのは簡単ではない
発想の転換です。

9.数字で語れないものを、
みんなの目標にするには

とはいえ、
多くの現場では
「数値」で語れる
目標が求められます。

目に見えない、
ふわふわしたものでは、
人はなかなか目標として持てないもの。

だからこそ
必要になるのが
「対話」だと説子さんは語ります。

パーパスに近づくために
何ができるのか——

それをみんなで話し合う
プロセスそのものが、
組織を動かす
「起動力」になっていく。

対話がなければ、
パーパスは生まれない。

10.  本を書いたことで、自分が変わった

パーパスに関連する本
「コーチングスキルで伸ばすリーダー力」を
出版したことで、
説子さん自身にも
変化がありました。

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まず、自分がやりたいことが明確になり、
人に伝えやすくなったこと。

そして——

「この本を読んでくださった方から、
声がかかるようになったんですよね」

決して大きな売れ行きではないと
謙遜しながらも、
本を書くことで
自分の頭の中が整理され、
伝える力が増した実感があるといいます。

そして説子さんの事業は
個人事業主から
株式会社へと成長。

11. 3つの柱で描く、これからの事業

株式会社となった今、
説子さんが見据える未来には、
明確な3つの柱があります。

1つ目は、海外駐在員支援。

独立直後、
コーチ仲間と一緒に始めた事業です。

日本企業は
国内市場が縮小する中、
東南アジアなど
海外に活路を見出さざるを得ません。

しかし欧米進出で
すでに何十年もかけて築いてきた
財務や人事の専門体制と違い、
東南アジア進出はまだ始まったばかり。

製造業の技術者が
いきなり現地法人の
社長を任されるようなことも
珍しくないといいます。

現地で最も苦労しているリーダーたちに、
コーチングと対話のスキルを届ける——

それがこのプログラムの原点でした。

一期生の言葉が、
今も彼女たちの支えになっているそうです。

「国が違って、
言語が違って、
宗教が違っても、
人間の本質は変わらない。

対話が人間関係を変え、
仕事の成果につながる」

2つ目は、エグゼクティブコーチング。

かつて自分自身が救われた立場から、
今度は自分がコーチとして
誰かを支える番です。

3つ目は、実行力を高める経営変革支援。

「素晴らしい戦略があっても、実現できない」——

説子さんが自身の失敗から
痛感してきた課題です。

だからこそ、
その失敗の経験こそが、
他社の実行力を高めるための
最大の武器になっています。

12.  承認がない文化が、人を動けなくする

海外駐在員支援の現場で見えてきたのは、
「承認」の重要性でした。

日本の文化では、
人をあまり褒めない。

承認がなくても「当然」だと捉えられがちです。

しかし東南アジアや欧米は、
承認し合う文化。

承認されないと
「否定されている」
「信頼されていないのでは」と感じてしまう。

「やっていいのか?」
「上司は自分を嫌っているんじゃないか?」——

そんな不安を抱えたままでは、
人は自分から動けません。

多くのリーダーたちは
「なぜ自分で考えて仕事をしないんだ」と嘆きますが、
必要なのはまず承認。

不安を取り除き、
自信を持たせること。

そうすれば、
人は自然と動き出す——

説子さんはそう伝え続けています。

13.  IQ、EQの次に必要な「DLQ」という指数

説子さんは、コーチ仲間と共に
対話の力を体系化した
独自の指標「DLQ」を提唱しています。

  • IQ(知能指数)= 頭の良さ

  • EQ(心の知能指数)= 感情を理解する力

  • DLQ = リーダーに必要な"対話力"を体系化した指数

対話がうまく機能すれば、
組織は本当に変わっていく。

その実感から生まれた、
彼女ならではの武器です。

14.  目指すのは「共に創る」社会

3つの柱がすべて実現したとき、
説子さんは何を見ているのでしょうか?

「共創リーダーに溢れる、
共に創る社会なんですよ」

正解のない不確実な時代に、
天才が一人ですべてを
解決することはできません。

だからこそ、
新入社員でもベテランでも、
それぞれ違う視点を持ち寄ることで、
まったく新しいものが生まれる。

そんな「共創」を生み出せるリーダーで
溢れる社会にしたい——

それが、支配的なリーダーシップで
心を折りかけた過去を持つ、
説子さんがたどり着いた願いでした。

「教えてあげる」という思い込みから、
内面をえぐられる痛みを経て、
小さな達成の積み重ねへ。

そして最後にたどり着いたのは、
「社会のために何をするか」という、
たった一つのシンプルな問い。

さて「あなたは、何をしますか?」

次回も、誰かの
「オンリーワン」を配信します

人には、
誰にも話したくない失敗がある。

心が折れそうになった夜がある。

そして、
そこからもう一度、
人生を動かし始めた瞬間がある。

説子さんの人生も、
決して最初から
順風満帆だったわけではありません。

「教えてあげる」から始まったリーダーシップが、
やがて自分自身を苦しめ、
コーチングとの出会いによって、
少しずつ「共に創る」という生き方へ変わっていった。

その一つひとつの物語に、
きっと私たち自身の人生と
重なる部分があるのだと思います。

人生に、同じものは一つとしてない。

だからこそ、
一人ひとりの人生には、
その人にしか語れない物語がある。

この「人生配信、オンリーワン」では、
これからも、
そんな誰かの人生を、
対話を通して
届けていきます。

次回は、
どんな人生の物語に出会えるのか?

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河原説子さんプロフィール

株式会社コーチャル 代表取締役。
コーチングと、
自身の組織変革の経験を活かした
「変革の実行力を上げる」コンサルティングを行う。

河原説子さんのSNS
Setsuko Takahashi | LinkedIn
Facebook

著書に『コーチングスキルで伸ばすリーダー力』(ぱる出版)

Amazon.co.jp: コーチングスキルで伸ばすリーダー力 eBook : 河原説子: Kindleストア

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#131 「正しいこと」を伝えても、人は動かなかった。――「対話」で組織を変えた河原説子さんの人生物語③

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#131 「正しいこと」を伝えても、人は動かなかった。――「対話」で組織を変えた河原説子さんの人生物語③

 

こんにちは!

「正しいこと」を伝えても、人は動かなかった。――
「対話」で組織を変えた
河原説子さんの人生物語③を配信しました。

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河原説子さん

会社は変えられた。
でも、自分のチームは変えられなかった。

「正しい戦略」を伝えれば、
人は動く。

そう信じていた。

でも、何度やっても動かない。

反対しているわけでもない。
理解していないわけでもない。

それなのに――動かない。

そんな組織変革の壁に、
4度ぶつかった説子さん。

そして彼女がたどり着いたのは、
「教える」ことではなく、
「問いかける」ことだった。

ところが、
他部門のリーダーたちとの
対話には成功したのに、
自分の組織では、
まったく同じことができなかった。

なぜだったのか?

「対話」の力を知るまでの、
成功と失敗のリアルな物語です。

1.「組織をつなぐ」――
説子さんの新たな挑戦

説子さんの転職先は、
コンサルティング、会計、税務など
複数の事業を展開する会社グループの中で、
間接部門(バックオフィス機能)だけを切り出して
新設された会社でした。

規模も文化もバラバラな
4つの会社――

5,000人規模のところもあれば、
200人規模のところもある。

業務のやり方もクオリティもまったく違う組織を、
ひとつのサービスとして束ねていく。

それが、説子さんに課せられたミッションでした。

そしてもうひとつ、
大きなテーマがありました。

「間接部門は一つになったけれど、
事業そのものはひとつになれない。

それでも、お客様は同じひとりのお客様なのだから、
もっと連携を深めていこう」――

これは長年、
実現しないまま
掲げられ続けてきた戦略でした。

2.「反対はしていない。でも、動かない」

せつ子さんはこれまでにも、何度も
経営変革の
現場に立ち会ってきました。

そこで繰り返し直面してきたのが、
「戦略は理解される。
でも実行にはつながらない」という壁でした。

面白いのは、
誰も反対しないということです

方向性を説明すれば、
みんな「わかりました」と言う。

例え、最初に抵抗されても
説明すれば、理解される

けれど、いざ
「では、この方向に向かって進みましょう」となった瞬間、
誰も動き出さない。

「理解はするんですよ。
反対してるわけじゃない。
でも、じゃあ実際に何すればいいんですか、って言われるんです」

これこそが、
組織変革の本当の難所だと
説子さんは気づきます。

戦略部や一部のリーダーが打ち出す大きな方向性を、
社員一人ひとりが「自分ごと」として、
自分の仕事に落とし込む――

そのステップがどれほど難しいか?

この転職先でも、
まったく同じ壁にぶつかりました。

「わからないわけではないけれど、
必要性を感じない」。

理解と行動のあいだには、
想像以上に深い溝があったのです。

3.世界の王道どおりにやっても、
人は動かなかった

それまでの説子さんは、
コッターの8ステップや
マッキンゼーの7Sといった、
世の中に知られる
王道の変革フレームワークを、
真面目に、
忠実に実践してきました。

けれど、それだけでは「理解」までしか届かない。

個人の行動変容までは起きない ――
4度の失敗を通して、
説子さんはそう痛感します。

そこで今回は、
自分の裁量で動ける立場にあったこともあり、
これまでの失敗を踏まえながら、
思い切って“自分のやり方”を試すことにしました。

4.トップダウンをやめてみた

それまでのやり方は、
企画部や社長、本社からのメッセージを、
上から下へ「カスケード」していくという、
典型的なトップダウン型でした。

説子さんは、これをやめました。

代わりにしたのは、
ただシンプルに問いかけること。

  • 「皆さん、どう感じますか?」

  • 「会社が描いているこの未来って、
    自分の部署で言うと
    どう変わることなんでしょうか?」

  • 「それって、誰にとって、
    どんなメリットがあるんですか?」

上から答えを渡すのではなく、
現場の人たち自身に考え、
話し合ってもらう。

今の言葉で言えば、
これはまさに「コーチング」のアプローチです。

しかし当時の説子さんは、
コーチングという言葉すら知りませんでした。

社長とのタウンホールや
車座ミーティングを仕切ってきた経験の中で、
いわば実践知として、
体で掴んでいったスタイルだったのです。

5.「俺たちには関係ない」から始まった
ワークショップ

このアプローチが特に試されたのが、
グローバル本社から降りてきた
全社方針(パーパス)を、
各部署の言葉に翻訳していく
ワークショップでした。

最初、事業部のリーダーたちの反応は
冷ややかでした。

「パーパスなんて考えるのは
間接部門の仕事だろう。
俺たちは稼ぎに行くんだから、
関係ない」

それでも、なんとかテーブルに着いてもらい、
ワークショップを開きます。

ところが1回目は、
最初から
「関係ない」「必要ない」「無関心」な
雰囲気が全体を占めていました。

「4社で連携しなければ
解決できない課題はありますか?」

あるリーダーが口火を切ってくれました。
しかし、
4社のリーダーそれぞれが
「うちの事業部には特に問題ない」と言い出し、

「じゃあ、これで終わりにしましょう」と、
あわや空中分解――というところまで行きます。

そこで説子さんは踏みとどまり、
「ちょっと待ってください」と
場をつなぎとめます。

そこから、
対話は少しずつ動き始めました。

事業部によっては、
最初から連携した
未来を描き始めたところもありますが、

「今のままで十分、
二桁成長しているのだから必要ない」と、
最後まで抵抗が続いたところもあったといいます。

すべてがきれいに行ったわけではない、
生々しい現場の記録です。

6.「声の大きい人」に流れてしまう
会議の現実

対話中心のアプローチはうまくいった一方で、
説子さんは数々の失敗も経験したといいます。

その一つが、
会議の場が「声の大きい人」の
空気に引っ張られてしまうことでした。

誰か一人が否定的な発言をすると、
場の雰囲気全体が一気に
否定的になってしまう。

これはどんな組織でも
起こりがちな現象です。

説子さんはここで、
全体の場だけに頼らず、
個別に1on1のミーティングを設けるという
手を打ちました。

全員の意見が
それで変わるわけではありません。

それでも、そうした一人ひとりへの
地道な対応の積み重ねが、
知らず知らずのうちに
場全体を調えていたのだといいます。

この工夫は、
決して最初から備わっていた
センスではありませんでした。

説子さんいわく、
以前の会社でタウンホールが
盛り上がらなかったり、

6〜7人いる社長との車座ミーティングが、
なぜか社長と特定の1人だけの
会話になってしまい、
他の参加者が置いてけぼりになったり――

そうした過去の失敗の
蓄積があったからこそ、
今回のトライ&エラーができたのだと
振り返ります。

7.リーダーたちが「官民学」を
語り出した瞬間

対話を重ねる中で、
現場のリーダーたちの意識にも
大きな変化が起きていきます。

もともと、間接部門がやればいいと
突き放していたリーダーたちは、
コンサルタントとして
「お客様が困っている課題に答えを返す」ことに集中していました。

お客様のニーズに応える。大事なことです。

目の前の課題への対応、
それがゴールだったのです。

しかし、4社での対話を重ねる中で、
説子さんは一つの問いを投げかけます。

「5年後、その業界はどうなっているんでしょうか?」

当時はガソリン及びディーゼル車が主流。

当時はハイブリッド車がようやく
普及し始めた頃で、
「電気自動車なんて
まだ先の話だから関係ない」と
語られていた時代です。

それでも、優秀ないリーダーたちに
産業展望の問いを投げると
みるみる議論が深まっていきました。

「お客様から、
この課題を解決してほしいと言われたから応える」――

それだけで本当にいいのか。
5年後、10年後の産業の姿を、
私たちの方が見えているのだとしたら、

それを伝えながら、
目の前の課題をどう解決すべきかを
一緒に考えるのが、
私たちの本当の役割なのではないか。

議論はそこからさらに広がり、
「採用のあり方」まで変わっていきます。

それまでは、
その業界出身者を
中途採用するのが当たり前でした。

しかし、社会が向かっていく方向を
見据えるなら、
それだけでは足りない。

SDGsの17のゴールのように、
企業と一緒に社会課題を
解決していく視点が必要だ――

そうした発想から、
「官」「民」「学」、
それぞれの領域から人を迎え入れ、
多角的な視点を持った
コンサルティングチームを作るべきだという
結論に至ります。

説子さん自身は、
その業界の専門知識を
持っていたわけではありません。

産業展望も、
官民学のアイデアも、
すべて対話の中で
リーダーたち自身の口から出てきたものでした。

「私はそれを見た時に
やっぱり対話って大事だから、
対話とかファシリテーションの
プロになりたいと思うんです」

頭のいい人が集まっても、
一人で考えていては
出てこない発想がある。

対話とファシリテーションの力が、
これほどまでに組織の視野を
押し広げるのだと、
説子さんは
この経験を通じて
確信していきます。

8.会社は変わった。
でも、自分の部署は変わっていなかった

ここまでの話だけを聞くと、
まるで順風満帆な
変革ストーリーのように思えます。

しかし説子さんは、
意外な告白をします。

4社のリーダー同士の
ファシリテーションはうまくいった。

会社全体の対話は動き出した。

けれど――

足元の、
自分自身が率いる部署の対話は、
うまくいっていなかったというのです。

「もうその話は
本にも書いたんですけど、
自分の反省の
黒歴史なんですよ」

なぜ、他部署では
あれほど機能した対話が、
自分の部署では機能しなかったのか?

説子さんが振り返るのは、
当時の自分自身の意識でした。

前職で数々の変革を主導してきた経験から、
「自分が一番よく知っている」
「みんなは経験したことがないだろうから、
教えてあげよう」という気持ちが、
当時は強くあったといいます。

朝7時から夜11時まで働き詰めだった、というエピソードも
そのことを物語っています。

「まず自分がやってみせる、教える。
1年、2年続けて部下が育ってきたら、
少しずつ任せていこう」――

当初はそう考えていました。

しかし結果として、
それは自分自身の
首を絞めることになっていたと、
説子さんは
率直に振り返ります。

相手の力を信じて
引き出すのではなく、
自分の経験や答えを
先に渡してしまう。

社外のリーダーたちには
問いを投げかけ、
考えてもらうことができたのに、

自分のチームに対しては、
なぜかそれができていなかった――

このギャップこそが、
説子さんにとって
大きな学びの種になっていきます。

9.「正しさ」を伝えるだけでは、
組織は動かない

今回のお話で、とりわけ
印象的だったのは、
「理解」と「行動」のあいだにある
溝の深さです。

戦略が正しいかどうか、
方向性が納得できるかどうかは、
実は組織変革の
本質的な障害ではありません。

多くの人は、
正しい方向性を
頭では理解し、
反対もしていない。

それでも動かない。

説子さんが見つけた突破口は、
上から答えを配ることをやめ、

「あなたにとってはどう変わることなのか?」
「それは誰を助けることなのか?」と、

一人一人りに
問いを投げかけることでした。

フレームワークを忠実になぞることよりも、
目の前の人に
「自分ごと」として
考えてもらう場をどうつくるか――

そこに変革の鍵があったのです。

まだ「コーチング」という
言葉さえ知らなかった頃から、
説子さんはすでにその本質を、
現場の中で体得していました。

次回は、この経験を経て、
説子さんがどのように
失敗を重ねながら
学びを深め
独立、起業の道に進んでいったのか?

次回予告

組織を変えるために、
「人を動かそう」としていた説子さん。

でも、対話を重ねる中で、
少しずつ見えてきたのは、
「人を変える」のではなく、
「その人の中にあるものを引き出す」ということでした。

そして、その気づきは、
やがて説子さん自身の人生をも
大きく変えていくことになります。

会社の中で対話の力を実践し、
失敗し、悩み、学び続けた先に、
彼女が選んだのは――

「会社を辞めて、自分でやってみる」

という道でした。

なぜ、安定したキャリアを手放したのか?

なぜ、独立・起業という未知の世界に
踏み出すことができたのか?

そして、そこから待っていたのは、
決して順風満帆ではない
もう一つの
「失敗と成功が織りなす人生物語」とは?

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河原説子さんプロフィール

株式会社コーチャル 代表取締役。
コーチングと、
自身の組織変革の経験を活かした
「変革の実行力を上げる」コンサルティングを行う。

河原説子さんのSNS
Setsuko Takahashi | LinkedIn
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著書に『コーチングスキルで伸ばすリーダー力』(ぱる出版)

Amazon.co.jp: コーチングスキルで伸ばすリーダー力 eBook : 河原説子: Kindleストア

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#130 コニカミノルタの2000億円事業の撤退。そのとき、広報は何を伝えたのか?河原説子さんの人生物語②

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#130 コニカミノルタの2000億円事業の撤退。そのとき、広報は何を伝えたのか?河原説子さんの人生物語②

 

こんにちは!

コニカミノルタの2000億円事業の撤退。
そのとき、広報は何を伝えたのか?
河原説子さんの人生物語を配信しました。

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河原説子さん

1.嵐が去った後に残されたもの

コニカミノルタが
2000億円規模のフィルム・カメラ事業から撤退!

誰もが驚くような決断が下され、
社内は当然のように動揺。

あちこちで軋轢が生まれていました。

そんな状況で、説子さんはどう動いたのでしょうか?

「対応できる状況じゃなかった」と
説子さんは振り返ります。

怒りや悲しみが渦巻く中でできることは、
ただ「聞く」ことしかない。

そんな時期があったそうです。

それでも広報として、
何かを発信しなければならない。

けれど何を発信しても
「会社のプロパガンダだ」
「言ってることは嘘ばかりだ」と受け取られてしまう。

上司に相談してたどり着いた答えはシンプルでした。

とにかく誠実にやる。

ネガティブな声も含めてアンケートを取り、
それに対する会社側の答えをきちんと載せて発信する。

当然、上司の一部からは
「答えられない声が出てきたらどうするんだ」と反対もされました。

それでも進めた先には、
社長や経営層が描いていた
「その先」への答えがあり、
それを丁寧に返していったといいます。

2.「隣の人」が伝えると、人は聞いてくれる

それでも本社からの発信は、
どうしても「プロパガンダ」と受け取られてしまう。

そこで生まれたのが、
当時としてはかなり珍しい取り組みでした。

その名も 「コミュニケーション・コーディネーター」

各職場から代表者を集め、
150人規模のネットワークを活用したのです。

狙いはシンプルで、
本社の人間が何を言ってもどうせ疑われる。

でも「隣の人」の言葉なら、
人は耳を傾けてくれる。

最初は集まったメンバー自身が
疑心暗鬼だったそうです。

「職場の代表として来てるだけ」という空気の中、
丸一日かけて対話を重ねるうちに、
少しずつ理解が広がっていく。

そしてその理解を、
また自分の職場に持ち帰ってもらう。

この取り組みは、
後に経団連推薦社内報審査で
表彰されるほどの成果になりました。

3.コーディネーターは「こうでねえと」

第1回のコミュニケーション・コーディネーターの会が終わった時、
忘れられない出来事があったといいます。

半信半疑でずっと現場を見守っていた上司に、
説子さんが「ありがとうございました」と声をかけたところ、
その上司はぽつりとこう言ったそうです。

「コーディネーターは、「こうでねぇと」」

一見、冗談のようなその一言。

でも接子さんにとっては、
当時の取り組みが認められた、
何よりの褒め言葉だったといいます。

小さなひとことが、
大きな仕事の意味を確かにしてくれる。

そんな瞬間があるのだと、
この話は教えてくれます。

4.キャリアは、次々とつながっていく

この経験の後、
説子さんのキャリアは
思わぬ広がりを見せます。

広報の仕事から始まり、

  • 経営戦略室へ異動 (社内変革は戦略の一部だという考えから)

  • そこで経営戦略の知識を体系的に学ぶため、
    イギリスの大学のオンラインMBAを取得

  • 次に人事へ異動し、仕組みづくりに携わる

  • そして働き方改革室の立ち上げに関わる

名前や部署は変わっても、
やっていることの本質は変わらなかった、と接子さんは振り返ります。

「会社が変わるために
企業文化をどう変えていくか」という
一貫したテーマを、
形を変えながら
追い続けてきたのです。

5.転職という新しい挑戦へ

その後、ご縁があって
大手プロフェッショナルファーム (ビッグ4の一角)の
間接部門の会社へ転職が実現します。

当時その会社では、
4つの独立した事業ポートフォリオがそれぞれ
バラバラに動いていました。

法律上、1つの会社にはなれない。

それでも、せめて連携は強化していきたい。

そのために間接部門を
1つに統合するというプロジェクトのために、
声がかかったのです。

転職の決め手を尋ねると、
接子さんはこう語りました。

「自分が経験してきたことは、
すごく特殊だという意識があった。

この経験をもっと伸ばして、
同じ課題に直面した人に貢献できないかと思ったんです」

大規模な経営統合や、
大きな事業からの撤退。

そう簡単に経験できることではありません。
だからこそ、
その経験を活かせる場所に飛び込んでいく。

それが接子さんにとっての
「天職」への踏ん切りだったのだと思います。

人生から学ぶ

今回の話から見えてくるのは、
逆境の中でも「誠実さ」を貫くことの強さです。

  • 発信が信じてもらえない時こそ、
    「隣の人」の言葉を借りる発想の転換

  • 小さな承認の言葉が、
    大きな仕事のモチベーションになること

  • 特殊な経験ほど、
    次のキャリアで独自の価値になること

続きは次回

次回、第3話では、大手プロフェッショナルファームに転職した
説子さんがそこでどんな経験をしていくのか?

説子さんの人生は、
さらに大きく動き始めます。

これまでとはまったく違う環境の中で、
「自分はいったい何ができるのか」
を改めて問われることになります。

順風満帆だったわけではありません。

迷い、悩み、時には思うようにいかない。

それでも、これまで積み重ねてきた経験が、
思いもよらない形でつながっていきます。

「あの経験があったから、今の自分がある」

そう思える瞬間は、
人生のどこに待っているのでしょうか?

第3話で、
説子さんがプロフェッショナルファームの間接部門で経験した
「組織を変える」という仕事のリアルに迫ります。

ぜひ、続きを楽しみにしていてください。

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河原説子さんプロフィール

株式会社コーチャル 代表取締役。
コーチングと、
自身の組織変革の経験を活かした
「変革の実行力を上げる」コンサルティングを行う。

河原説子さんのSNS
Setsuko Takahashi | LinkedIn
Facebook

著書に『コーチングスキルで伸ばすリーダー力』(ぱる出版)

Amazon.co.jp: コーチングスキルで伸ばすリーダー力 eBook : 河原説子: Kindleストア

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#129 「辞めたい」は逃げじゃない。河原説子さんの居場所探しの人生物語①

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#129 「辞めたい」は逃げじゃない。
河原説子さんの居場所探しの人生物語①

こんにちは!

「辞めたい」は逃げじゃない。
河原説子さんの居場所探しの人生物語①を配信しました。

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河原説子さん

1.柿の木に登り、川に飛び込む。
東京生まれの"お転婆"な原点

東京生まれと聞くと、
ビルに囲まれた都会っ子を想像する人が多いかもしれない。

けれど、今回お話をうかがった河原説子さんの原点は、
驚くほど自然のなかにあった。

「東京って言っても
西のはずれの山の方に近くて、
家の庭に柿の木があったんです」

子どもの頃から柿の木によじ登り、
歩いて15分ほどの川では、
崖から男の子たちに混じって飛び込みをしていたという。

絵に描いたような、活発でお転婆な女の子。
「東京でも全然違うんですね」と思わず声が出るほど、
山と川に囲まれた環境で、
説子さんはのびのびと育っていった。

2.得意だったはずの「数学」で味わった、
初めての劣等感

小学校、中学校とずっと地元で過ごした説子さんは、
進学先に理数系で名高い学校を選ぶ。

中学時代まで
数学が得意で、
「自分は絶対に理系だ」と
信じて疑わなかったからだ。

しかし、そこで待っていたのは、
これまで感じたことのない劣等感だった。

「高専は、私以上に理系の得意な人たちがたくさんいて、
実験も夜の8時まで終わらないくらいやるんです。

皆さんの実験に対する熱意に対して、
自分って全然熱意ないなって、
ちょっと劣等感を感じた高校時代でした」

得意だと思っていたものが、
環境を変えると
「得意ではないかもしれない」に変わる。

多くの人が一度は経験するこの感覚を、
説子さんは高校時代にすでに味わっていた。

それでも彼女は逃げることなく、
その場所で卒業まで走り切っている。

「その時に、あんまり自分は理系と思ってたけど、
そうじゃないんだなって気づいた」

この気づきが、
後の彼女の"右脳的な強み"への
自覚につながっていく。

3.大学進学ではなく、就職という選択

理系の劣等感を抱えたまま、
説子さんの前には大学進学という選択肢もあった。

しかし彼女が選んだのは、
就職という道だった。

「実験嫌いだし、
理数系得意じゃないし、
このままここを突き詰めてもなって思ったので、
就職してしまったんです」

入社したのは、コニカミノルタ。

配属先は、皮肉にも「研究開発」だった。

理系への劣等感を抱えながらも、
キャリアのスタートは
やはり理系の現場から始まる。

4.大きな会社に入ったのに、
3年目で「辞めます」と言った

研究開発で
働き始めて気づいたのは、

「好きじゃないかも」
「自分の良さが発揮できないかも」という、
じわじわとした違和感でした。

決定打になったのは、
周りにいた同僚たちの姿です。

東大出身のドクターや
マスターが当たり前のようにいる環境で、
彼らは実験のことを
"雑談"として話していました。

「昨日お風呂でこんなこと思いついたんだよね、
今日試してみたいんだ」——

そんな会話が日常的に飛び交う中、

説子さんは
「仕事が終わってラッキー」としか思えない
自分に気づいてしまったといいます。

「もう絶対に無理だと思って」

好きで夢中になれる人たちの中にいると、
自分の"普通"がはっきり見えてしまう。

そんな経験、多くの人に覚えがあるのではないでしょうか。

3年目、説子さんは上司に「辞めます」と伝えます。

5.「辞めなくていいから、
まず異動してみなよ」

ここで説子さんの人生を大きく動かしたのが、
上司の一言でした。

「辞めなくていい。
せっかく、こんな大きな会社に入っているんだから、
転職したと思って
異動してみたら?」

そして配属されたのが、
営業本部のマーケティング部。

研究開発とは180度違う世界でした。

結果は——「なんか自分に合うって思った」。
そこから、仕事が楽しくなっていったそうです。

自分に向いていない場所で無理を続けるのではなく、
"合う場所"に移ってみる。

ただそれだけで、
同じ人がまったく違う輝き方をすることがある。
説子さんのキャリアは、
その好例だと思います。

6.「頼っていい」を体現していた家族と上司

実はこの異動、
説子さん一人の力で
実現したわけではありませんでした。

会社を辞めるつもりで相談した上司は、
彼女を引き止めるのではなく、

人事に直接掛け合い、
「チャレンジ・ジョブ」という
始まったばかりの社内公募制度の一期生として
彼女を送り出してくれたのです。

辞めたい、逃げたい、という気持ちを、
頭ごなしに否定せず、
けれど別の道を一緒に探してくれる人がいた。

説子さんの転機には、
いつも"味方"の存在がありました。

7.迷っている人へ、
「きっと力になってくれる人がいますよ」

もし今、自分の専門や積み上げてきたキャリアと、
「本当はしっくりきていない」という気持ちの間で
揺れている人がいたら——

説子さんはこう伝えたいと言います。

「あなたの力が発揮できる、
楽しい場所は絶対にあります。

腐らずに、
その場所を探してください。
周りには、
そこに行くための
助けをしてくれる人が必ずいますよ」

専門を変えることは、
それまでの
努力を無駄にすることではありません。

説子さんにとっての
「研究開発からマーケティングへ」の異動のように、
環境を変えた先で、
これまで培ってきた視点や粘り強さが、
思わぬ形で活きてくることもあります。

その後、説子さんは
マーケティングだけでなく
広報・宣伝の仕事にも携わるようになります。

コニカとミノルタの経営統合という大きな変化の中で、
さらに新しいことを学んでいくことになります。

まさに「向いていない」と気づくことは、
失敗ではなく気づき。

そして、辞める前に
「異動する」「相談する」という選択肢があることを、
説子さんの経験は教えてくれます。

あなたの周りにも、
きっと力になってくれる人がいるはずです。

8.「もう一度、辞めようと思った」——
順調に見えたキャリアの踊り場

前回、研究開発からマーケティングへと異動し、
「自分に合う場所」を見つけた説子さん。

マーケティング部門で
10年ほど活躍していた説子さん。

しかしフィルムカメラ事業の業績が悪化し、
縮小に伴って
別部署へ異動することになります。

会社が人員整理をせざるを得ない中、
あえてポストを作って異動先を用意してくれた——

本来なら感謝すべき出来事です。
けれど、当時の説子さんは正直にこう感じたそうです。

「つまらないな、と思ってしまって」

そこで彼女が取った行動が、
国家資格の勉強でした。

当時できたばかりだった
理学療法士・作業療法士という
リハビリ専門職の資格に興味を持ち、
「これからは何か専門性がないと」と一念発起。

夜間の専門学校に通いながら、
実に3年間学び続けます。

9.3年間通った専門学校を、
実習の直前でやめた理由

順調に単位を重ね、
実習まで進んだところで、
説子さんはふと我に返ります。

「これが本当にやりたかったことなのかな」

ちょうどそのタイミングで、
かつてマーケティング時代の先輩が
広報部門のリーダーになっており、
「誰かいないか」と
声をかけてくれました。

もともと会社を辞めるつもりだったこともあり、
説子さんは「1年だけ」という条件付きで
広報部門への誘いを受けます。

ところが働き始めてみると、
驚くほど自分に合っていた。

結局、専門学校は残り1年を残してやめ、
広報の道に進むことを決断します。

働きながら学費を払い続けてきた学校を、
あと1年というところで手放す。

この決断について、
ご主人は当時何も言わなかったそうです。

後になって
「あのとき、「なんでその道?違うんじゃない」という想いもあった」と
本音を明かされたといいます。

それでも口に出さず、
見守ってくれていた——
そこにも、説子さんを支え続けた
"信頼してくれる人"の存在がありました。

10.  正月休み明け、
いきなり「経営統合」の発表

広報部門に異動したのは2003年1月1日付。

ところが、その数日後の1月5日、
コニカとミノルタの経営統合が発表されます。

異動したばかりで右も左もわからない中、
いきなり大ニュースのただ中に放り込まれたのです。

社内が騒然とする中、
「社員の気持ちにどう向き合うか」
「社内広報が重要だ」という空気になっていき、
説子さんは慌ただしく
その渦中で動き始めます。

当時、大企業同士の経営統合はまだ珍しく、
しかも過去の事例の多くが
うまくいっていないと言われていた時代。

正解のないテーマに、
手探りで向き合う毎日でした。

けれど、説子さんはこの状況を
「めちゃくちゃ楽しかった」と振り返ります。

11. ネガティブな空気を、
"もったいない"に変えたい

なぜ、混乱の渦中を「楽しい」と感じられたのか。
その理由に、説子さんらしさが表れています。

社内広報という立場上、
説子さんは経営陣に
直接話を聞く機会がありました。

だからこそ、
なぜその決断がなされたのか、
背景や意図を理解することができた。

一方で、現場の社員たちは納得できず、
「なぜそんな決断をしたんだ」
「これから大変だ」と
不満をぶつけ合っている。

その様子を見て、
説子さんはこう感じたそうです。

「すごい人たちがたくさんいるのに、
その方々がネガティブな思いをしてしまっているのが、
もったいない」

優秀な人たちのエネルギーが、
ネガティブな方向に消費されてしまっている。

それを何とかポジティブな方向に向けたい——
この思いこそが、
説子さんの「面白さ」の原点だったのです。

アンケートなどで
すぐに反応が見える社内広報の仕事は、
その手応えを実感しやすい仕事でもありました。

12.  そして、2度目の大きな衝撃——
主力事業からの撤退

統合から数年、
社内コミュニケーションの成果を感じ始めていた2006年、
今度はさらに大きな発表がありました。

会社の創業事業である
フィルム・カメラ事業からの撤退です。

関わる社員は約3,000人、
売上高2,000億円規模という、
まさに看板ともいえる事業でした。

当然、社内は統合発表のとき以上に
大きく揺れます。

当時はまだ紙の社内広報誌の時代。

印刷から配布まで1ヶ月ほどかかる中、
発表のタイミングと重なってしまい、
説子さん自身がその内容を知らないまま制作した冊子を、
社員が受け取った瞬間に
ビリビリと破ってゴミ箱に捨てる——

そんな光景を目の当たりにすることになります。

上司のもとには、
部門長クラスの社員が
抗議に乗り込んでくることもあったといいます。

優秀で、会社を思っているからこそ
怒りをぶつけてしまう人たち。

その状況をどうにかできないか——
説子さんの葛藤は、
ここからさらに深まっていきます。

続きは次回

この修羅場のような状況に、
説子さんはどう向き合っていったのか?

次回、その具体的なエピソードをお届けします。

人生から学ぶ

順風満帆に見えるキャリアの中にも、
「なんとなくつまらない」と感じる
踊り場があります。

説子さんはその都度、
逃げるのではなく、
次の一歩を探し続けました。

そして見つけたのは、
「人のネガティブな感情を、
もったいないと感じてしまう」という、
自分だけの原動力でした。

あなたを突き動かす
"もったいない"は何ですか?

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河原説子さんプロフィール

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#128 なぜ『教えない人』ほど、チームを前に進められるのか?ダメ出しを止めた白神さんの人生物語②

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#128 なぜ『教えない人』ほど、
チームを前に進められるのか?
ダメ出しを止めた
白神さんの人生物語②

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なぜ『教えない人』ほど、チームを前に進められるのか?ダメ出しを止めた白神さんの人生物語②を配信しました。

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白神 敬太さん

「それじゃあダメですよ」

かつての白神さんは、
間違いなくそう言うタイプの人間でした。

企画のプロとして、
良かれと思ってアドバイスをする。
ダメ出しをする。

それが仕事だと信じていました。

でも、ある日を境に、
彼は「教えること」をやめました。

代わりに始めたのは、ただ問いかけること。

「どうなったらいいと思いますか?」
「なぜそれをしたいんですか?」――
それだけです。

すると、不思議なことが起きました。
相手が、勝手に前に進み始めたのです。

アドバイスをやめた企画マンは、
なぜチームを動かせるようになったのか。

今回は、そんな白神さんの人生を追いかけます。

1.役職定年まで、あと1年

53歳で役職を離れる。
ソニーにはそういうルールがあった。

その現実まであと1年と迫ったお正月、
彼は「何かやらなきゃ」という焦りだけを抱えて、
創業支援セミナーの扉を叩く。

半分本気、半分好奇心。

そこで彼は気づく。
自分には「企画を立てる力」がある、と。

企業のコンサルとして、
若手起業家たちに企画書の作り方を教え、
市場性を調べ、
コンセプトを言語化する。

「これ絶対コンサルできますよ」と、
何人もの人に太鼓判を押された。

順調に見えた。

2.アドバイスは動かなかった

「いい企画ですね」
「さすがですね」

アドバイスした企画は、
いつも感心された。

けれど次に会うと、
何も進んでいない。

関係性はギクシャクし、
空気は硬くなっていく。

——なんか、違う。合わない。

役職定年を目前に控え、
積み上げてきたはずのものが、
音を立てて崩れていくような感覚。

彼はそれを
「これが自分の天気(転機)になった」と振り返る。

3.そのとき、ある一言が刺さった

「白神君、そういう活動したいんだったら
絶対コーチング勉強した方がいいですよ」

クライアントの役員から放たれた、
ほとんど"ダメ出し"のような一言だった。

自分はこんなにも喋るのが好きで、
教えたがりで——

コーチには一番向いていないタイプだと思っていた。

それでも、その晩、
彼は自宅で検索する。
「コーチング 横浜」。

そして、銀座コーチングスクール横浜校の
無料体験講座に、
迷わず申し込んだ。

4.コーチング体験講座で、
人生は静かに反転する

講師はただ、こう尋ねただけだった。

「白神さんは、どうしたらいいと思いますか?」

アドバイスもされない。
教えられもしない。
ただ、聞かれる。

答えているうちに、
彼の中で何かが起こり始める。

「あ、自分はこうしたかったんだ」
「あ、これでよかったんだ」

これこそが、心理学でいう"オートクライン効果"——
自分の言葉を自分の耳で聞くことで、
自分自身が気づいていく現象。

彼はその瞬間、確信する。

5.「これが、コーチングなのか」

そしてもう一つ、
腑に落ちたことがあった。

ソニー時代、
大金を払って外部コンサルが立てた企画が、
結局あまり進まなかった光景を、
彼は何度も見てきていたのだ。

企画を"立ててあげる"仕事より、
企画を"引き出す"仕事の方が——
自分にも、相手にも効く。

6.ソニー、コンサル、そしてコーチング

一見バラバラに見える
この3つの経験は、
実は一本の線でつながっている。

「人に言われてやるのがダメ」で、
「自分で決めてやらないと気が済まない」——

そう語る彼の
「新しいものを求め続ける価値観」は、
ソニーという自由な会社でこそ育まれ、

企画コンサルという回り道を経て、
コーチングという答えにたどり着いた。

遠回りに見えたものが、
実はいちばんの近道だった。

そこから彼は、大胆な決断をします。

アドバイスすることを、やめたのです。

代わりに、ひたすら問いかけました。

「どうなったらいいと思いますか?」
「なぜそれをしたいんですか?」
「この会社は、どうなっていきたいんですか?」

すると――
相手が、勝手に前に進み始めたのです。

モチベーションが上がり、
関係性が良くなり、
白神さんが企画を考える必要すらなくなっていく。

この体験が、彼の人生を
大きく方向づけることになります。

7.「1対1」で終わらなかった、彼の探究心

多くのコーチが
「1対1」のコーチングを学ぶ中、
白神さんは違いました。

商品企画時代、
彼が向き合っていたのは常に
「チーム」でした。

だからこそ、個人へのコーチングだけでは
物足りなかったのです。

そんな時に出会ったのが
「チームコーチング」。

当時の日本では
まだほとんど知られていなかった概念。

ピーター・ホーキンズという人物の分厚い専門書を、
難解な部分に苦しみながらも読み込み、
「これこそ自分がやりたかったことだ」と確信します。

チームという存在そのものを
クライアントとして扱い、
関係性を育みながら、
目標に向かうタスクを支援していく。

数少ない情報を求めてセミナーに参加し、
電子書籍を探し、
講座に足を運び――

彼は独学に近い形で、
日本でもまだ珍しい
「チームコーチ」としての
道を切り拓いていきました。

8.ベテラン世代の経験は、宝物である

インタビューの終盤、
白神さんはある熱い思いを語ります。

人生100年時代。

役職定年、
そして65歳での定年――

まだまだ働きたい、
社会の役に立ちたいと願うベテラン世代がたくさんいる。

彼らが積み重ねてきた成功も失敗も、
苦労した経験も、
すべてが日本にとっての宝だ。

もしその経験を、
初めての挑戦に踏み出す
若手やプロジェクトチームに、

「アドバイス」ではなく
「コーチング」という形で還元できたら――

若手はどんどん前に進み、
ベテランは感謝される存在になり、
やる気を取り戻す。

そんな好循環が生まれたら、
企業も、社会も、もっと良くなっていくのではないか。

大きなことは言うつもりはない、
と前置きしながらも、
白神さんはこの思いを
本気で語ってくれました。

白神さんの人生に、耳を傾けてみませんか

『人生配信オンリーワン』は、
一人ひとりの人生の転機と選択を、
じっくりと物語として届けるラジオ番組です。

今回の白神さんの回は、
「教える」ことに疑問を持ったことがある
すべての人へ贈る一本です。

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出演:
白神 敬太さん
株式会社プリミス代表取締役
新規事業開発・商品開発プロジェクトチームコーチ
銀座コーチングスクール横浜校講師
同スクール、チームコーチング講座代表講師

著書:
実践プロジェクトチームコーチング〜
自ら成功を勝ち取るチームの作り方〜』
(産業能率大学出版部)

実践プロジェクトチームコーチング: 自ら成功を勝ち取るチームのつくり方 | 白神 敬太 |本 | 通販 | Amazon

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#127 ジャズが教えてくれた、最強のチームの作る白神さんの人生物語①

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#127 ジャズが教えてくれた、
最強のチームの作る
白神さんの人生物語①

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#127 ジャズが教えてくれた、最強のチームの作る白神さんの人生物語①を配信しました。

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白神 敬太さん

大阪・泉大津の
なんの特徴もない「ちょっと大人しい子供」。

スポーツもできない。
目立つところもない。

そんな少年が、
高校の軽音楽部の"付き添い"で
たまたま迷い込んだ場所で
人生が動き出した。

譜面通りに吹くクラシックではなく、
決まりの中で
「自分の個性」を出していくジャズ。

そこで芽生えた感覚が、
40年後——新規事業開発・商品開発の現場で
「チームコーチング」という手法を武器にする、
今の白神さんの原点になっているとしたら。

あなたは信じられますか?

大学は"入りたいバンド"のためだけに選んだ

早稲田大学。理系。

聞こえはいいですが、
本人いわく
「ラジオで聴いたビッグバンドの演奏がかっこよすぎて、
記念受験のつもりで受けたら
奇跡的に受かった」だけ。

入学後は勉強そっちのけでバンド漬け。
試験は仲間内たちに助けられ
「8割カンニングで卒業した」と
本人が笑って振り返るほどの学生時代。

——普通なら、ここで人生の歯車が
狂ってもおかしくありません。

バブル最後の年、ギリギリで滑り込んだソニー

理系なのに理系らしい勉強はしていない。
学科の成績は下から数えて3番目。

それでも「メーカーで音楽に関係していそうだから」という
ほとんど根拠のない理由で
ソニーの商品企画職を志望し、
まさかの内定。

そこから28年。

小さな記録メディア(オーディオテープ、MD、USBメモリー)の
商品企画から、
業務用の映像配信システムまで。

決して華やかなバイオや
テレビ事業の花形ではない場所で、
白神さんは「幅広く、泥臭く」現場を渡り歩いていきます。

そして2020年、役職定年のタイミングで卒業。

なぜ「コモディティ商品の企画マン」が、コーチングの世界へ?

ここが今回のエピソード最大の見どころです。

ソニー時代、
コーチングという言葉すら存在しませんでした。

本人も番組の中で
「その頃はコーチングなんて、この字もなかった」と語っています。

にもかかわらず、
白神さんは今、

  • 銀座コーチングスクール横浜校で講師を務め

  • 業界でもまだ数少ない
    「チームコーチング」講座を自ら立ち上げ、代表講師を務め

  • 今年4月には
    『実践プロジェクトチームコーチング〜
    自ら成功を勝ち取るチームの作り方〜』
    (産業能率大学出版部)を出版

——一体、28年間の会社員人生のどこで、
その転換点が訪れたのか?

ジャズバンドで培った
「決まりの中での自由」
「アンサンブルと個性のバランス」は、
どうやって
企業のチームづくりの
理論に結びついたのか?

その答えは、本編でじっくり語られています。

こんな方にこそ聴いてほしい

  • 「好きなことに全力投球した学生時代」が、
    まさか今の仕事に繋がるとは思っていなかった人

  • 会社員としてのキャリアの"後半"に、
    これまでと違う何かを始めたいと感じている人

  • チームをまとめる立場にあり、
    「個人プレーと協調」のバランスに悩んでいる人

  • 「意外と普通の子供時代だった」自分にも、
    まだ気づいていない転機があるかもしれないと思いたい人

大きな挫折も、
劇的な成功譚もありません。
それでも——

白神さんは自身のキャリアをこう振り返ります。

「ちっちゃい苦労はしてるけど、
大きな苦労はあまりしてないかもしれない。
それも、捉え方・マインド次第」

派手な失敗談も、
逆転劇もない。

あるのは、
「好きなことに没頭した時間」への
一貫した感謝と、

その延長線上に
自然と築かれてきたキャリアです。

だからこそ、
この話は特別な
リーダーだけの話ではありません。

誰の人生にも当てはまる、
「好きなものが、
気づけば今の自分を作っていた」という物語です。

あなたの"ジャズ"は何ですか?

高校時代、大学時代に夢中になったこと。
一見、今のキャリアとは何の関係もなさそうなあの時間。

それが実は、今のあなたを形づくる土台になっているとしたら——

白神 敬太さんの人生を辿るこのエピソードは、
あなた自身の人生を振り返るきっかけにもなるはずです。

『人生配信オンリーワン』、ぜひ本編でお聴きください。

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出演:
白神 敬太さん
株式会社プリミス代表取締役
新規事業開発・商品開発プロジェクトチームコーチ
銀座コーチングスクール横浜校講師
同スクール、チームコーチング講座代表講師

著書:
実践プロジェクトチームコーチング〜
自ら成功を勝ち取るチームの作り方〜』
(産業能率大学出版部)

実践プロジェクトチームコーチング: 自ら成功を勝ち取るチームのつくり方 | 白神 敬太 |本 | 通販 | Amazon

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#126 未来が怖い人へ。最高に面白い人生に変える方法が知れる田口仁美さんの人生物語⑥

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#126 未来が怖い人へ。
最高に面白い人生に変える方法が知れる
田口仁美さんの人生物語⑥

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田口仁美さん

ー未来が怖い人
ー未来が楽しみな人

あなたは、どちらですか?

  • 未来がなんとなく不安

  • 何かあった時のために備え続けている

  • 本当はやりたいことがあるけど、リスクが怖い

もし一つでも当てはまるなら、
このエピソードは
あなたの価値観を
ひっくり返します。

日本人の多くは
「未来が怖い」

だから、

  • 貯蓄する

  • 安定を求める

  • 失敗を避ける

それ自体は悪くない。
でも――
その裏側には、こんな前提があります。

「未来には
何が起こるか分からない。
だから備えなきゃ」

ですが、今回のゲスト
田口仁美さんは“真逆”です

彼女はこう言い切ります。
「未来には、ワクワクしかない」

なぜ、そんなことが言えるのか?

実は彼女――
昔はまったく
逆の人間でした。

  • キャリアに悩む人

  • 挑戦が怖い人

  • 人生を変えたいと思っている人

すべてに通じる
「人生を面白くする生き方」の話です。

1.44歳での出産が教えてくれた
「コントロールできない人生」の楽しみ方

44歳での出産。
そこで起きたのは「人生の前提の崩壊」でした。

「何もコントロールできない」

それが、彼女が出産を通して得た衝撃の気づき。

  • 体は勝手に変わる

  • 命は勝手に育つ

  • 出産のタイミングすら思い通りにならない

どれだけ理屈が分かっていても、
どれだけ意思が強くても、

どうにもならないことがある。

それでも彼女は
「最高に楽しい」と言います

なぜか?

普通なら
不安やストレスで
押し潰される状況の中で、
仁美さんはまったく
逆の選択をしていました。

それは――
「コントロールできないなら、
楽しめばいい」

  • 陣痛が来ないまま、2週間の入院生活

  • いつ何が起きるか分からない不確実な日々

多くの人が
「ただ耐える時間」にしてしまうその時間を、
彼女はこう変えます。

✔ 自分だけの目的を作る
✔ 自分のリズムを整える
✔ 空間すら“最高の場所”に変えてしまう

気づけば看護師にこう言われます。

「こんなに楽しそうに入院してる人、
初めて見ました」


2.「人生はコントロールするものではなく、受け取るもの」

私たちはつい
こう考えてしまいます。

  • 正しいやり方をやればうまくいく

  • 頑張ればコントロールできる

  • 外側を整えれば安心できる

でも仁美さんの体験は、
真逆の真実を教えてくれます。

  • 頭だけで生きると歪みが生まれる

  • 体や感覚を無視すると壊れる

  • 不確実な時間こそ、自分次第で意味が変わる

そして何より――

「どんな状況でも楽しめる人が、最強」


3.「あ、無理だ」
人生で初めて、心が折れた日

44歳での出産。

1週間、激しい陣痛に耐え続けた仁美さん。
それでも頑張れた理由は、
たった一つ。

「自然分娩できるかもしれない」

――その“希望”でした。

しかし、ある瞬間。
医師の一言が、
その希望を一瞬で奪います。

「危険だから
帝王切開にしましょう」

その瞬間――
彼女の中で、何かが完全に途切れました。

「もう頑張れない」

それまで耐えられていた痛みが、
突然耐えられなくなる。

精神論でも、根性でもない。
どうにもならない領域。

「これ以上、無理」

でも、ここからが普通じゃない。
ほとんどの人は、
この経験を「つらい思い出」として
終わらせます。

でも、仁美さんは違いました。

「うわ、これが“心が折れる”ってことか」

そうやって――
自分の崩壊すら、
観察し始めたのです。


4.人は「希望」で動いている

彼女が見つけた1つの真実。
それは、

  • 希望があると、人は限界を超えられる

  • 希望を失うと、急に動けなくなる

つまり――

人を動かしているのは、
能力でも根性でもなく
“希望”

この気づきは、
人生全てに通じる

仕事も、人間関係も、挑戦も。

うまくいかないとき、私たちはこう考えがちです。

  • 自分の努力が足りない

  • 根性が弱い

  • 継続できない自分が悪い

でも本当は違う。

「希望を失っているだけ」

これに気づくだけで、
人生の見え方は大きく変わります。


5.そして物語は、さらに動き出す

出産後、わずか数ヶ月。

  • 育児

  • 引っ越し

  • 知らない土地での生活

  • 夫は医学部へ進学

環境は完全リセット。
普通なら「安定」を求めるタイミングです。

しかし彼女は、こう言います。
「もう一度、人生をつくり直したい」


6.46歳で“再スタート”

  • キャリアを一度手放し

  • ボランティアで現場に飛び込み

  • 興味がある場所に片っ端から足を運ぶ

そして問い続ける。

「私は何をしている時、
ワクワクする?」

多くの人が安定を求める年齢で
彼女はあえて、
不安定のど真ん中へ。

でも――
本人はこう言い切ります。
「心は、めちゃくちゃ安定してる」

なぜか?
「絶対に面白くなると分かっているから」


7.ここに、最も大事な答えがあります

人生の安定とは何か?

  • 収入?

  • 地位?

  • 環境?

違います。

「未来へのワクワク」があるかどうか

それだけです。


8.崖を飛び降りた人にしか見えない景色

仁美さんは言います。

「リスクを超えた先、
それは“自信”になる」

  • やってみた

  • 怖かった

  • でも、できた

その積み重ねが、人生の土台になる。

あなたは、まだ“崖の上”にいませんか?

考えて、
悩んで、
止まっている。

でも――
飛び降りた人にしか、
見えない景色がある。


9.「何が楽しいの?」
その問いに答えられなかった過去

コーチに聞かれた、
たった一つの質問。

「あなたは何をしている時が
楽しい?」

彼女の答えは、こうでした。

  • 「休みたい」

  • 「寝たい」

  • 「疲れている」

……

ワクワクなんて、
一つも出てこない。


10.「やらなきゃ」に追われ続ける人生

  • 論文

  • 仕事

  • やるべきこと

やればやるほど、タスクは増える。

終わらない。
休めない。
楽しめない。

でも、今はまったく違う世界にいます。
彼女はこう言います。

「今は“やりたいからやる”」

そして、人生の立ち位置が逆転した

以前は――
やることに追われる側

今は――
やりたいことを追いかける側


11.「次は何を捕まえにいこうか?」

まるで冒険するように、
人生を楽しむ。

この一言に、
すべてが詰まっています。

人生は
ある日突然
変わるわけじゃない

それは――
「変化は、少しずつ。
でも確実に積み重なる」

コーチングも同じです。

  • 1回で劇的に変わるわけじゃない

  • でも確実に“種”が植えられる

そして――

数年後、突然その意味に気づく。
「あの時の言葉、これか…!」

あなたの中にも、
まだ眠っている可能性がある

でもそれは、

  • 考えているだけでは見つからない

  • 安全な場所にいても見つからない

だから彼女は言います。
「崖は、飛び降りた人にしか分からない」


12.自分で面白くしようとしていますか?

それでも、不安は消えないですよね?
大丈夫です。

仁美さんも同じでした。
でも今は、こう変わっています。

「どうにかなるって
分かっている」

なぜなら――

  • やってみた

  • できた

  • またやった

その積み重ねがあるから。

そして、もう一つ大切なこと。
彼女が最後に伝えてくれたメッセージ。

「人生は、本当はめちゃくちゃ面白い」
でも条件があります。

それは――
「自分で面白くしようとすること」


13.誰かの人生じゃダメなんです

  • 誰かみたいな成功

  • 誰かが正しいと言った道

  • 世間が決めた幸せ

全部いらない。
必要なのは、たった一つ

「自分が楽しいかどうか」

そして、その“楽しさ”は伝染します

  • あなたが楽しむ

  • 周りに広がる

  • 世界が少し変わる

仁美さんは、これをこう表現しました。

「楽しい人が増えたら、
世界で面白いことが起きる」


最後に

10年後のあなたは、
今の延長ですか?

それとも、
まったく違う人生を生きていますか?

答えはシンプルです

「今、動くかどうか」
「ここで終わらない人生」を!


最後に一つ、問いです

もし、あなたの人生に
「どうにもならないこと」が起きたとき――

あなたは「耐えますか?」
それとも「楽しみますか?」

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